映画『ハリウッドがひれ伏した銀行マン』公式サイト

7月16日(土)ヒューマントラストシネマ他全国順次ロードショー

あの名作は、彼なしでは生まれなかった

Introduction / Story

20世紀後半のハリウッドで、旋風を巻き起こした傑作映画群を支えた伝説的銀行マンがいた!新たな資金調達システムを編みだして新興映画会社をサポート、数々の傑作を世に送り出したフランズ・アフマンの波乱万丈、秘話にみちた軌跡を描く、映画愛に溢れた傑作ドキュメンタリー!!

1970年代半ばから1990年代にかけて、アメリカ映画界では新興映画会社の送り出す作品に市場を左右されるケースが頻繁に起きていた。彼らはそれまでのメジャースタジオ映画社にない題材を取り上げ、斬新なキャスティングで注目作品を量産していたのだ。ディノ・デ・ラウレンティス・カンパニー、キャノン、ヘムデイル・ピクチャー、カロルコといった新興映画会社はアメリカ映画界を活性化し、世界中にその名を知らしめた。
彼らが生み出した『コンドル』、『キングコング』(1976年版)、『ターミネーター』、『ランボー/怒りの脱出』、『薔薇の名前』、『プラトーン』、『恋人たちの予感』、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』といった作品群は今も愛されているが、こうした作品の製作をサポートしたのが、ひとりのオランダ人銀行マン、フランズ・アフマンだったことは意外に知られていない。
本作はアメリカ映画界を陰で支えたアフマンの波乱万丈の軌跡を、本人のインタビューとゆかりの映画人が語る、映画ファン感涙のドキュメンタリーである。映画ビジネスを知るには格好の作品となっている。

ロッテルダムの銀行員にすぎなかったアフマンは、イタリア出身の大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスの知己を得て、ともに“プリセールス”というセールスのシステムを開発した。この方法を利用してアフマンは新興映画会社に次々と融資を行い傑作を生みだしていった。
アフマンのもとに参じたのはデ・ラウレンティスを筆頭に、キャノンを率いるイスラエル人メナハム・ゴーランとヨーラム・グローバス、カロルコ・ピクチャーズのレバノン人出身マリオ・カサールとハンガリー出身のアンドリュー・G・ヴァイナをはじめとする映画会社トップから製作資金集めに奔走するプロデューサー、監督に至るまで多岐に及んだ。アフマンがカンヌをはじめとする国際映画祭に顔を出すと、面会を希望する映画人が跡を絶たなかったという。
“プリセールス”システムによって各国のインディペンデント配給会社もアメリカ映画の大作を手がけることが可能になり、日本でも東宝東和、日本ヘラルド、松竹富士、GAGA などの会社がその恩恵に浴することになった。ひとりの銀行マンが編み出したシステムが世界の映画市場を大きく変えた――その一部始終が本作によって明らかになる!

さらに本作のもうひとつの魅力は、監督したのがアフマンの愛娘ローゼマインであることだ。病魔に侵され死期の近づいたアフマンが、自伝代わりに、娘の向けるカメラに向かって思い出を素直に語っていく。その膨大な映像とともに、ローゼマインは父の死後、ゆかりの映画人を訪ねて、父の軌跡を補強していった。画面に登場するのはケヴィン・コスナーからオリヴァー・ストーン、ポール・ヴァーホーヴェンをはじめ錚々たる顔ぶれ。それぞれ個性もさまざまに思い出を語り、その人となりが伺える。

1987年に開催された第59回アカデミー授賞式では、アフマンが手がけた『追想のかなた<未>』、『眺めのいい部屋』、『プラトーン』が8つのアカデミー賞を受賞した。
『プラトーン』のプロデューサーであるアーノルド・コペルソンは授賞式で「本当に必要とする時にフィリピンのジャングルに資金を用意してくれた」と、公の場でフランズへの感謝の意を表した。
全編、映画と映画ビジネスの内幕が明らかになると同時に、これは愛娘がまとめあげた、映画を愛しぬいた銀行マンの「エンディング・ノート」だ。

プリセールスとは?

国内外の映画配給会社に対して、作品の配給権を、作品の完成前にライセンスする、あるいは販売することによって、対価を事前に受け取る方式。この対価は制作費の一部に活用することができる。
この方式は契約料の支払時期に応じて、契約時点で配給会社から最低保証額(ミニマム・ギャランティ、略してMG)を受け取るケース、映画の完成時にMGを得るケースがある。前者はプロデューサーが契約料を製作予算に充当できるし、後者においてはプロデューサーは契約自体を担保に銀行から融資を受け、完成後にネガと引き換えにMGを受け取ること(`ネガティブ・ピックアップ′)が一般的だ。

Cast / Staff

フランズ・アフマン

1933年、オランダ・アルンヘム生まれ。アムステルダム大学で法律を学んだ後、ロッテルダムのスレーブブルク銀行に入社。エンタテインメント事業部を立ち上げる。この時期に映画プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスとともに、プリセールスのシステムを生み出した。
1981年、スレーブブルグがクレディ・リヨネ銀行に買収されたときには、エンタテインメント事業部長となる。
1991年、フランズはロサンゼルスにあるICMパートナーズに、新設されたファイナンシャル・サービス部の部長として入社したが、2年後にはオランダに戻り、インディペンデント・ファイナンシャル・アドバイザーとして活躍。
1996年にオランダ映画祭の会長に選出されて以降、12年間務めた。
2007年にはオランダ映画界への多大なる功績を称えられ、オランダ王家オラニエ・ナッサウ家からナイトの称号を与えられた。
2010年、膵臓がんと診断される。
2011年5月4日、死去。

本作に登場する人々

アンニャ・アフマン
スティーブ・ブルーム
ケヴィン・コスナー
ガイ・イースト
ハロルド・フリードマン
デレク・ギブソン
ヨーラン・グローバス
メナヘム・ゴーラン
ピーター・ホフマン
ロス・ジョンソン
アーノルド・コペルソン
マーサ・デ・ランレンティス
ブルース・マクナル

ジョン・ミラー
スカイラー・ムーア
バックリー・ノリス
スティーヴン・ポール
ミッキー・ローク
ジョン・シュルマン
フレッド・サイドウォーター
ピエール・スペングラー
オリヴァー・ストーン
ジェームズ・トーマ
アンディ・ヴァイナ
ポール・ヴァーホーヴェン

監督・脚本

ローゼマイン・アフマン

ProductionNote

監督、ローゼマイン・アフマンの手紙 / 2010年、ニューヨークに住んでいた私は、父が末期のすい臓ガンで、助かる見込みは薄いとの報せを受けました。私は父の看病をするためにオランダへ戻りました。その時に父に打ち明けられたのは、ずっと回顧録を書き残したいという思いでした。残された時間は少なかったので、父の願いを叶えるため、私はドキュメンタリーを製作する決心をしました。父が自分自身やキャリアについて、隠し立てせずに正直に話してくれるのは初めてでした。私は一言も聞き逃さないように耳を傾けました。私は、父と私の会話を撮影し始めました。私のような監督未経験者にとって、この企画は大きすぎるのではないかという疑念が沸きましたが、それでも父の目に情熱と興奮が戻りました。やがて私は、父の話に登場する人たちから話を聞こうと思うようになりました。父が末期ガンだと知ると、3名の映画人がインタビューを受けにオランダまで来てくれました。父の死後も私はひとりで製作を続け、父の仕事が映画界にどのような影響を与えたのかを調べました。と同時に、もっと個人的なレベルで、私と3人の兄弟の人生に与えた影響も知りたかったのです。多くの方々にインタビューをするため、ロサンゼルスへ向かいました。私が想像していた以上に、父の人生は面白いものだったと知ったのです。このドキュメンタリー製作は、父の死の悲しみを乗り越えるための過程となりました。今作を通して、父をより深く理解できただけでなく、自分自身のルーツを発見し、自分のことをより深く知ることができました。 ローゼマイン・アフマン

フランズ・アフマンが関わった主な作品

1975年『コンドル』
1976年『キングコング』
1980年『スーパーマンII』
1981年『Charlotte』
1983年『スーパーマンⅢ/電子の要塞』 
1984年『ターミネーター』
1985年『眺めのいい部屋』
1985年『ランボー/怒りの脱出』
1985年『グレート・ウォリアーズ/欲望の剣<未>』
1986年『薔薇の名前』
1986年『勝利への旅立ち』
1986年『プラトーン』
1986年『ロンリー・ブラッド』
1986年『ロンリー・ハート』
1986年『追想のかなた<未>』
1987年『或る人々<未>』
1987年『殺しのベストセラー<未>』
1987年『バーフライ』
1988年『THE BOOST/引き裂かれた愛』
1988年『クリミナル・ロウ』
1988年『シュワルツェネッガー/レッドブル』
1988年『ランボー3/怒りのアフガン』
1989年『ドライビング Miss デイジー』、
1989年『バーニーズ/あぶない!?ウィークエンド』
1989年『アウト・コールド』
1989年『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』
1989年『恋人たちの予感』
1990年『天国に行けないパパ』
1990年『エア★アメリカ』
1990年『蝿の王』
1990年『ダンス・ウィズ・ウルブズ』
1990年『トータル・リコール』
1990年『ジェイコブス・ラダー』
1991年『ターミネーター2』
1991年『地獄のハイウェイ<未>』
1991年『マネキン2』
1991年『L.A.ストーリー/恋が降る街』
1992年『ユニバーサル・ソルジャー』
1992年『氷の微笑』